一方で、新人にも関わらず仕事が出来ることは賞賛されます。
逆に、経験年数が長いにも限らず仕事が出来ない人に対しては冷たい目線が向けられます。
では、人は仕事が出来る、出来ないという判断はどのように測られているのでしょうか。
ヒントは子育てにありそうです。
例えば、物事の理解力がついてきた子供に対して親が言う「そんなことも出来ないの?」という一言です。
この一言には「そんな」という尺度と「出来る」という判定が含まれます。
「そんな」には、1.一般的に 2.特定の人に 3.自分に 4.想像の人に の誰かに無意識のうちに比べていることを示しています。そして、比べた人は「出来ている人」です。
「仕事が出来ない人」は自ら工夫しながら「出来る人」になるのですが、残念ながら全ての人が出来るようにならないのも事実です。
しかし、全ての人にとって「仕事が出来る人」とは物差しであり光明です。自分が出来ないことを「見える化」してくれるからです。「見える化」は「出来る化」への第一歩です。
物差しになる「出来る人」をたくさん見つけることは人生を豊かにするひとつの方法であると思います。
いよいよ紫陽花のとき
