2015年5月23日土曜日

テクノロジーに乗り遅れた結果、何が待っていたのか

1984年、大学を卒業して銀行に就職しました。

80年代と言えば、一人ひとりがコンピュータを使えるようになった時代です。

NECがパーソナルコンピュータ、PC-9801をTVCMで放映し、appleがMacintoshシリーズの販売を開始していました。

当時の銀行といえば、コンピュータをいち早く導入した業界として、期待に胸を膨らませていたものの、配属された支店では、コンピュータどころか電卓もNGでそろばんを使うように言われのに驚きと失望を感じたことを思い出します。

一方、その後金融はバブル景気と崩壊を迎え、現在では、小さなアルゴリズムの膨大な集積がビジネスを支配しています。

80年代は、融資の可否は最後は経営者を見て決めるものと言われましたが、今日の融資は最初も最後も経営数値からアルゴリズムによって判断されます。

経営資源の1つである「金」は、テクノロジーに乗り遅れ、破綻し、そしてテクノロジーの世界となりました。

では、経営資源である「人」はどうでしょうか。

例えば採用現場で多く使われている診断ツールは1950年代の心理学に基いて1980年代に開発されたツールです。つまり、まだ、そろばんを使っているのです。

人事制度も然り、です。

「金」と同じ道を辿るのだとすると、このあと、過剰に盛り上がって、破綻し、テクノロジーにとって変わられるのかもしれません。

そして、おそらくそのテクノロジーと考えられるのは「人工知能」でしょう。

つまり、「人工知能」の指示により人が働く社会の到来です。

行動を測定する機器を携帯し、取得されたライフログを提出することで採用も、評価も、育成も人工知能によって行われる、そうなるのはそれほど先のことでは無いでしょう。

また、その状況において人は何が起きているのか理解することが出来なくなっているはずです。今日の金融と同じで小さなアルゴリズムの集積が見せる協働は人の知恵を超えているからです。


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