2015年6月27日土曜日

ロボット、AI、ものにも心? これから向き合わなくてはならないもの

ソニーが開発、販売したロボット犬AIBOのサポートが終わり、動かなくなったAIBOの修理を行う元ソニーの技術者や、集団葬儀を行う話などがネットに流れてきます。

ロボ犬・AIBOの集団葬儀 住職「ものにも心がある」

ものにも心はあるのでしょうか?

最近は生命を有さない「もの」の心を描く映画が数多くあります。

「A.I.」「Her」「トランセンデンス」などなど、よりリアルに「もの」の心を描写する映画を見ていると、共通しているのが、「もの」が心を持つことで自我や存在に対する問いと葛藤が生まれることです。

「鉄腕アトム」「ドラえもん」「ベイマックス」などアニメで描かれる擬人化したロボットは、割りと気軽にこの問いを乗り越えるのと対照的です。

そもそも、作品の主題は意図を持って描かれている訳ですから、人類共通の「よくわからないものに対する不安心理」とテクノロジーの未来を関連づけるのは現代の王道なのでしょう。

様々な「もの」に神が宿ると考える日本人にとって、「ものにも心がある」と受け止めることは比較的容易であるかもしれません。◯◯供養と呼ばれる行事も多くあります。

しかし、そういった、感謝や祈願を込めることと、思考の獲得による自我の目覚めは異なります。

では、私たちの自我はどこから来ているのでしょうか。

そのメカニズムもまだ解明途上ですから、ほんとうに「ものにも心がある」かどうか、確かめることは出来ないでしょう。

また、もし、有機体の本質がネットワークシステムだとしたら、鉄道網や交通信号システムはすでに「心」を持っていて、私たちとあまりに形態が違うので私たちには理解できないだけなのかもしれません。


心が見える?