2015年8月22日土曜日

マッチングの原点は縁結び? 出雲大社のマーケティングに想う「ご縁」への渇望

NHKが放送している「ブラタモリ」という番組で出雲大社が取り上げられていました。

自分はまったく知らなかったのですが出雲大社は江戸時代まで杵築大社という名前だったようです。

その後、全国に広報活動(プロモーション?)を行い、江戸から発信された情報が広まって出雲大社の名前とご利益が普及したのだそうです。

情報の力はすごいですね。

さて、名前を広める大きな力となったのが「縁結び」だそうです。

番組の情報では、それまで「縁結び」のご利益がある神社はなかったそうで、潜在的な市場の需要を見事に掘り起こし、今に至るまで出雲大社=縁結びの神様という図式を定着することに成功したのです。

そこで「縁結び」って何だろうと考えたのですが、「個々の異なる人生の文脈を交差、合流せる社会的な行為」と定義してみました。

社会的な関係において、交差→合流→変容へ段階を踏むのが「縁」です。交差しても合流しない場合は「縁が無かった」ことになります。

「縁」には合理的に理解、説明できない側面も多くあるため、神秘的、呪術的な風習を生み、さらには、慢性的に「縁」を望む人が多く居ることから縁結びの信仰が一気に広まったのでしょう。

「縁」は元々幅広い概念ですが、今日では、男女の間だけでなく、人と会社(仕事)の間にも使われています。

人と会社のマッチングと呼ばれる行為は、コーディネーター、コンサルタントといった肩書の人で行われたり、WebなどのITで行われるものなど多様です。

そういう観点では、「交差」する機会は増えているのかもしれませんが、ミスマッチはもとよりアンマッチが問題視されている現状を鑑みるに、合流→変容のプロセスに問題があることは明らかでしょう。

そもそも、「交差」を「縁」と捉えることが間違っています。
婚姻においても、仲人の果たす役割は「紹介」だけではありません。

どうやら時代が進歩しても、技術が進化しても、「縁結び」へのニーズが一向に減らなない理由がそこにありそうです。


交差する世界