2015年8月28日金曜日

ほんとうに「賢い」のはどっち? 「賢さ」比べを考える

理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チーム・チームリーダーの藤井直敬氏は、自分たちで開発した慢性多電極記録手法、モーションキャプチャー、ビデオカメラを統合して「多次元生体情報記録手法(MDR)」を使って2頭のサルに間に生じる社会性を情報として記録、解析したところ、「我慢」が社会性の基本であることと、時にチャンスが来たと瞬間的に判断をして「我慢」をやめるのが「賢さ」であるという結論に至ったそうです。(「拡張する脳」藤井直敬著)

脳の活動と同時に行動も記録することで行為の背景にある真実を解明するアプローチには無限の可能性を感じます。

意識として認知される真実と背景にある事実の間には、統合的な構造化を阻害する大きな溝がありました。

それは、それらを同時に観察できなかったからです。特に内面の正確な情報化は困難で推察するしかありませんでした。

現在はまだ、実験という限られた環境ですが、今後、こういった技術が一般に普及すると、社会に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。

さて、他者の「賢さ」を知るのは「より賢い」ことなのでしょうか。

例えば、ある人が第三者から
「あの人には気をつけた方がいい。いまはいい顔をしているけど、あなたのことを追い落すのは簡単だと考えているから。」
と助言を受けたとします。

この場合、ある人<あの人<第三者 の順番に「賢さ」が高いことになります。

しかし、ある人はあの人の、あの人は第三者の「賢さ」を知っていたとすると、ある人>あの人>第三者、の順番となります。

つまり、「知っている」だけではほんとうの「賢さ」は比較できないのです。

ゆえに、ほんとうに「賢い」のは「知恵、知性と行動で最大の成果を出した人」ということですね。


賢いのはどっち?