「適性がある」とは、本人に取って苦にならず長続きする+周囲から見て同じ条件下で他者より高い能力を発揮できていることを言うよね。
片一方だけではダメなんだ。
立候補する人はみんな「苦」はないけど、適性があるとは限りません。
当選しても辞任する(ことになってしまう)人は「不適」です。
期待を裏切るブラックな資金作りや過剰な海外視察で、みんながあって欲しい姿、やって欲しいことに夢中になっていないから、「あの人、ダメじゃね?」となっちゃう。
一方、高い能力を発揮できそうでみんながやって欲しいけど立候補しない人もいて、やはり本人には何かが「苦」なんでしょう。
嗚呼、どうしたものか。
適性の有る無しを「向き、不向き」、「得手、苦手」と言うこともあるが、現実はそんなに単純ではないのだ。
だっていきなり出来ちゃう簡単なものにはやりがいがない。
仕事を、つまらないからという理由で辞める人は少なくないです。
かたや、やりがいのある(そこそこ難しい)ことでも、人より能力や条件、運が長けていないと自己判断すると”あたいには向いていないのさ”となっちゃうわけ。
そうなると「適性がない」ことになります。
でもね、人より長けてなくて、「苦」だと思っていることを楽しいことにかえてくれる魔法のような出来事は間違いなくあります。
心のブレーキを外し夢中にさせてくれるものだね。
で、ね。そうすると「適性のなさ」って自分が自分にかけているおまじないみたいなもんなんだ、きっと。
おまじないなんだから解けばいい。
次の都知事には自分にかけたおまじないを解いて、みんなが望む姿や仕事を夢中になる人になってほしいな〜。
はずしていく?
