2016年7月21日木曜日

フェアプレイのオリンピックは遠くになりにけり

組織的ドーピングでロシアがリオ・オリンピックから締め出されるみたいです。

スポーツはルール命なところがあるゲームだから、ルール違反をしていたらペナルティがあるのは当然と思いますが、ロシア側は国を挙げて反発しています。

この騒動を見ていると、ルール順守とかフェアプレイの精神ってどこまでいっても自主規制みたいなものなんだろうなと考えちゃうよね。

つまり、どこまでが許されるかは当事者間に委ねられた問いなのだろう、と。

「犬の糞やおしっこは飼い主が始末してください」という看板を見た飼い主が自らに自分の行動を問うのといっしょで、ちゃんとしている人は気が引き締まるし、気にしない人にとったら無意味なのだ。

で、この問題は、昨日や今日はじまったものじゃない。

おそらく、人類がルールを作ったときからずーっと起きている。

守りたい人と気にしない人の、一見衝突しているように見える実は奇妙なズレなんだよね。会社でもよくあります。

話をオリンピックに戻せば、ルールを守りたい人たちの競技会だったから良かったのだろうけど、試合に勝ちたい人たちの競技会になったことで皆が奇妙なズレと付き合わなくてはいけなくなっちゃった。

こんなところでも結果主義は世の中の軋轢を増すのだね。


三四郎の舞台だそうで