村上先生からお聞きした林知己夫先生の言葉の中に、”「中らずともいえども遠からず」を狙う”があった。
これは、質的データの中でも特に人の心に関わるデータを扱うときの心構えなんだけど、そもそも複雑で曖昧で再現性が低く測定が困難なものだということをちゃんと頭に入れておけば、とても示唆深い言葉だね。
このところの社会は複雑さ、困難さと予測不可能性を増しているけど、それはそもそも人の心の有り様から生まれていると言っていい。
さて、冒頭の話を聞いたとき「中らずといえども遠からず」で確率ならどのくらいなんだろうって思いが頭を過ぎった。
で、ね。仕事を通して感じることなんだけど、30%では中っていないし40%では遠い。
50%だと五分五分だし、60%くらいになってやっと「遠からず」感が出てくる。
80%だとかなり近い感じで、90%だったら中っている。
ということは、「中らずといえども遠からず」は60%から70%だね。
ただ対象が個人になると10%増す必要がある。
それだけ、実感が強いと言うことなんだ。
村上先生の話に戻ると、「中らず遠い」場合はものさしを替えデータの生成と分析をやり直すことを躊躇ってはいけない。
なぜなら「真実」に近づけないからだ。
一歩近づく 羽根がいいね
