そんな過ごし方が今の僕たちのスタイルだ。
このソファーは1953年にデザインされたもので、体をしっかりと受け止めてくれる芯のある座り心地に惚れ、あちこち探して日本でライセンス生産されているものを手に入れた。
鹿の角のような曲線を持つ肘掛と座りを誘うフォルムも格別だけど、浅い眠りに引き込まれて首が傾いでも体が痛くならない使い勝手も忘れるわけに行かない。
こいつは今の僕たちの暮らしを魅力的に彩っている。
愛犬ルークも多くの最後の時間をこのソファーで過ごした。
と言っても、彼がソファーで過ごす時は、僕や妻に抱かれていたので彼がソファーの座り心地を直に知ることは無い。
ルークはこの家に来た時、すでにソファーに登らないよう躾けられていたのだ。
だから僕らが眠るルークを抱き抱えて座るのだけど、病気で大人しく抱かれているようになったここ5ヶ月ほどで彼もその至福の居心地を堪能したに違いない。
ジャックラッセルテリアは都心の部屋で飼うにはあまり都合のいい犬じゃない。
運動能力が高く、走り回ったり飛んだりするのが好きだ。
そして毛がよく抜ける。
毛は寝床だけでなく、部屋一面に広がり、そしてフィン・ユールであろうとも許してはくれない。
こうしてソファーの掃除が僕の新しい習慣になった。
僕たちが選んだソファを覆うデンマークのファブリックはルークの毛を捕まえたら容易に離さない。
掃除機はもとより、ブラシでも歯が立たないから、使うのは「毛抜き」である。
一本、一本、根気よく布からルークの毛を抜くのだ。
一心不乱に毛を抜く作業には何かの儀式を執り行うような不思議な魅力がある。
それが何の儀式なのかと言われても思いつかないけど、フィン・ユールのギフトに対して敬意を払いたいのかもしれない。
ルークが亡くなり、部屋に新たな毛が広がることも無くなった。
フィン・ユールのソファーに新しい毛がつくこともない。
そして僕は毛を抜くのを止めた。
ファブリックに絡んだ毛は、ここでルークが僕たちと暮らした証なのだから。
僕らの場所