世論を二分する国葬が昨日行われた
ロシアはウクライナで住民投票を行いウクライナと言う国を分断しようとしている
アメリカではアメリカを分断したと言われるトランプが相変わらず不審な動きを見せている
国というのは社会と言うコミュニティにおいて最も広範な秩序だろう、その国が世界中至る所でこのタイミングに分断されるのには何か理由があるに違いないだって民主主義でも共産主義でも同じことがおきているわけだしね。
そもそも僕たちは他人と意見が合わない時他人に対抗する自己イメージをを形成するらしい。猫派n人を見て自分は犬派だと決める行為だね。そうなると世界を分断しているのは僕たち自身だ。僕たちの世界は分断されているのではなく僕たち自身が分断しているのだ。もしくは誰かが分断した世界を見てそれを信じてしまっているのかもしれない誰かの分断を見てそれに対抗すると折り紙のように世界は4分割されてしまう。そうやって世界はどんどん細分化されてきたのだろうやれ鼠派とかパンダ派とかね。意見が対立すること自体は当然悪いことではない。画一的な世界ほど僕は気持ち悪いものは無いと思う。ナチスドイツとか一億総玉砕とか画一化は悲惨な歴史を生んできたからね。むしろ大切なのは自分の中に芽生える分断を乗り越えることなのではないかまずは相容れない意見は実は自分の中にもあるものだと気づくことだろう。僕らのなかにだってプーチンもトランプも居るのだ。国葬の賛成派も反対派も実は全ての人の中にある。きっとそれを認めたくないと思うほど分断は強くなるに違いない。でもそもそも分断も1つの意見だから、それに対抗してしまう自分がいることをわすれてはいけない。分断も間違いなく僕の中にある世界の姿なのである。
真っ二つだと使えない?
