ことばには「ラング」と「パロール」があるとフィルディナン・ド・ソシュールは考えました。
簡単にすると、「ラング」は社会全体で共有されるもの、「パロール」は個人がラングを具体的に使ったものです。
私たちは常日頃、何気なくことばを使います。ところが伝えたい事と伝わる事には常にギャップがあります。それは、脳が「理解」するということは、自分が保有するデータに引き当て物事を認知するプロセスです。コミュニケーションとはある意味、経験のコンバージョンなのですね。
コミュニケーションのツールとして利用する「ことば」は、記号体系であり、記号の交換ではかなり情報が縮約されてしまいます。
要するに「たった一つのことばがほんとうにわかる」というのは、とても難しく、一方でホリスティックな出来事なんです。
「ことばはほんとうにそういう力がある、人間と言うものを開いて見せる窓というような気持ちがいたします」(同前)
気持ちのいい一日
