2018年11月18日日曜日

実践共同体の固有性と非再現性を考える

僕は昨晩、法政大学石山ゼミの越境オープンラボに参加した。

越境のコアにある概念「実践共同体」の同室型(石山)社内有志の会について、ゼミ生の金澤さん、わるだ組大川さん、ちゑや繁さんから話を聞き、5つのテーマに別れて対話を行った。

冒頭、越境オープンラボがゆるいラボであることの説明が効いたのか、はたまた「越境」の核心には「ゆるさ」があるということなのか、それぞれのテーマでも「ゆるさ」が対話の中心にあったらしい。

さて、わるだ組は富士ゼロックス、ちゑやはリクルート・エージェントと大企業の中の有志の会で組織内運動としては大規模だ。

そして、企業経営を支える活動となったことも共通する特徴だね。

僕が入ったのは、組織開発という会社が組織活動を改善するために介入する取り組みにおける課題とこの社内有志の会についての対話だったのだけど、仕事を楽しくしよう、良くしようという有志の想いを会社の介入にどう取り込むのか奥深いものだった。

そういえば、僕も会社に15年前に入社したとき、割と近い入社年度の仲間に会社を良くするために何か出来ないか呼びかけたことがあったなぁ。

早速、「君は何をやっているんだ」と当時のメンバーや経営陣から冷たい視線で問い詰められ、『ああ、この会社ではこういうことはダメだ』と強く思ったことを思い出すね。

そして会社ではなく、自分のスキルだけを磨こうと心に決めた瞬間があった。

その後、紆余曲折があって経営陣に加わり今に至るのだけど、会社を良くしよう、仕事を楽しくしようという思いは経営、社員双方に対立関係で捉える意識、思考があると紛争になりがちなのでしょう。

さて、ラボに参加して、「実践共同体」とは何なのか一層モヤモヤした。

僕は、テーマへの関心、熱意、持続的交流といえば、ついイリヤ・プリゴジの「散逸構造」を思い起こしてしまう。

組織や組織の中で起こる問題、課題、そして社員有志の会といった運動も、「複雑系」として捉えると初期条件やアトラクターなど、その固有性や非再現性を前提に議論すべきではないだろうか。


固有で再現出来ないのが生命