子曰、
学而時習之、不亦説乎。
有朋自遠方来、不亦楽乎。
人不知而不慍、不亦君子乎。
孔子の『論語』「学而(がくじ)篇」より
子曰く、
学びて時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)有り、遠方より来たる、亦楽しからずや。
人知らずして慍(いきどお)らず、亦君子ならずや。
現代語にすると、
「学んだことを折に触れて繰り返し実践するのは、なんと喜ばしいことではないか。
志を同じくする友が遠くから訪ねて来てくれるのは、なんと楽しいことではないか。
人が自分を理解してくれなくても腹を立てない。そういう人こそ立派な人物ではないか。」
という意味です。
面白いのは、この三文が単なる「勉強・友情・人格」の羅列ではないことです。自分で学ぶ → 仲間と交わる → 他人に理解されなくても自分を保つ、という一つの流れとして読むこともできます。
特に「有朋自遠方来」の「朋」は、現代語の単なる友達よりも、同じ志や学びを共有する仲間というニュアンスが強い言葉です。
昨日は第2回目の6MoNダイアログラウンジでたくさんの人がご来場されました。そしてまさに
冒頭の孔子の『論語』「学而(がくじ)篇」のごとくの様となりました。
まさにMALLという学びの朋が遠方から来てくれましたそこでの気づきは「人不知而不慍、不亦君子乎。」だったのかもしれません
学びの道
