2026年9月24日木曜日

ビジョンを知る唯一の方法とは

かつてヒットした映画『バグダッド・カフェ』。その印象的な劇中歌『I'm Calling You』と並んで観客に強く訴えかけてくるのが「ビジョン」というテーマです。

映画の中で空中に浮かぶ光の束として描かれる「ビジョン」は、誰の目にも見えていながら、それが一体何なのかは明確に示されません。そこから何を感じ取るかは、観る人それぞれの感性に委ねられています。

「誰にでも見えているが、感じ方は人それぞれ」。これは、多くの企業が掲げる「ビジョン」のあり方にも通じるのではないでしょうか。

詩人の茨木のり子は「自分の感性くらい 自分で守れ」と檄を飛ばしましたが、感性とは知識のように単に伝達される情報ではなく、その時々で立ち現れるものです。感性は他人にそのまま伝えることができません。なぜなら、主体が自らの認知的なリソースや、置かれた環境が提供するリソースの中で「創発」させるものだからです。

映画の印象もまた、歌とビジュアル、そして観客一人ひとりの物語の中で創発する感性にほかなりません。

「何を感じてほしいか」を情報として伝えることはできても、「何を感じるか」そのものを伝えることは決してできません。だからこそ、「何を感じたか」を互いに語り合う試みが、アート鑑賞の対話などで大切にされているのでしょう。

脳科学の研究によれば、「過去の回想」と「未来の構想」は脳の同じ働きを使っているそうです。そう考えると、自分の物語(ナラティブ)を語ることこそが、自身のビジョンを知る唯一の方法なのかもしれません。



我が家のビジョン?