2017年2月16日木曜日

焼き餃子に潜む幸せのすがた

焼き餃子って不思議な食べ物だ。

多くの人が好きだけど、高級店よりも近所の中華料理屋の方が美味しかったりするのだもの。

更に、水餃子より焼き餃子の方が絶対旨いのに高級店ではあまり焼き餃子を見かけない。

焼き餃子は庶民的と言ったらわかり易いかもしれないけどラーメンが不味い店でも焼き餃子は美味しかったりする。

以前食べた焼き餃子で一番いただけないのはなぜかアンが甘かったやつだけど食べられないことはなかったね。

そこから思ったのは、主役はアンじゃないって言うのが僕の意見。

じゃあ、主役は何?、と考えると熱々さと皮のパリパリ感だと思う。

冷えてぶにゃぶにゃの焼き餃子ほど不味いものはない。

そう考えると、近所の中華料理屋の餃子が旨いのは、焼きたてがすぐ出せる距離に客が居るからなのじゃないかな。

一方、高級店のように調理場が遠くなればなるほど餃子は美味しくなくなるのかもしれないし、高級店はそれを知っているので焼き餃子を出さないのかもしれない。


焼きあがった餃子をヘラですくって皿にひっくり返してそのまま客に出す。

この手際と素早さが餃子の味そのもので、狭さと手際の勝利だよね。

で、ね。先日行った亀戸餃子。

この店は、とても狭い。

さらに食べ物は餃子しか出さないらしい。

しかも、座ったらノルマは2枚と餃子は注文する必要もなく、ストップと言わなければバンバン出てくる。

素早さと手際のために最適化されているのだ。

美味しさと人気の秘訣を垣間見た気がしたけど、食べている人は皆、幸せそうだったね。

もちろん僕たちも幸せだ。

熱々とパリパリの幸せは、ピザなんかもそうなのだけど、人との付き合いでもそんな感じの時があるね。

今、まさに考えている尖ったことをぶつけ合う時ほど楽しいことはない。

結局、幸せとは心地よい刺激によってもたらされるものなのかもしれないね。


ひっくりがえっていてもお構いなし。でも美味しいのだ。