2017年2月17日金曜日

世界でたったひとつの「特別」な私、に納得してしまうわけ

僕は自分のことを超人だとはまったく思っていない。IQが40000あるわけでもないし、魔法も使えない。

でも、僕たちの心にはタレント願望、超人願望が巣食っていて、僕だって映画を見ればスーパーマンやジェダイの騎士に憧れちゃうのだ。

要するに誰でも自分だけが特別であったり、特別な力を持っているという話が好きなんだ。

「恋愛マンガ「1万ページ」統計分析した男・・・」という記事の中では女性向け恋愛マンガの王道を分析しているけど、そこにも「特別な自分でありたい」という願望があるようだね。

心理学者ジェシー・ベリングは研究から子供が「神秘的なものを自然に信じること」を見出したけど幼少期の神秘性への目覚めは「特別な存在」の出現でもある。

そして僕たちの心理にはストレスに対抗するための防衛機制という働き(投影、同一化(同一視))があると言われていて、世の中には「特別な存在」が居て自分がそれであると考えることにあまり違和感を持たないのだね。

だから、映画や漫画でありえない超人が描かれても平気で受け入れてしまう。

この「特別」を生み出し、同一化しようとする心の働きは「正義」という倫理感にもどこか影響を与えているのじゃないかな。

例えば、「自分こそが正しい」という根拠のない信念なんかはどうも怪しい。

一方で「謙虚な人」はこの心の働きをコントロールできる人だと思う。マザーテレサの以下の言葉は見事にそれを表していると感じるけど、どうだろうか。

 You see, in the final analysis

    it is between you and God;

         it was never between you and them anyway