TVでは、時代劇や戦隊物、漫画では少年マンガ系、スポーツでは好調時の日本代表や好調時の錦織、羽生などが、それらに該当します。
つまり、大団円とは、絶対的な主役が繰り広げるストーリーのゴールです。
12月の自画持参で長岡先生が示唆された、アリストテレスの演劇観である「カタルシス」がこれに該当します。
カタルシスは「悲劇が観客の心に怖れ(ポボス)と憐れみ(エレオス)の感情を呼び起こすことで精神を浄化する効果」(wikipedia)ですが、それまでの悲劇が一転することで得られる仮想的効力感は人に元気や勇気を与えます。
一方で、Life is a little death and a little birth. and so on, so on…と日は巡り、人生おいての結末は1回しかありませんから現実的には浄化されない日常が日々続いていくことになります。
つまり、物語の中で得られるカタルシスには賞味期限があって、日常生活で疲れた時のビタミン剤的な役割であるようです。
そして、ビタミン剤がイベント的であるのに対して人生はログ的(時間・空間的記述)です。
であれば、カタルシスで蓄積したストレスを浄化することよりも、日々繰り返されるストーリーを意味づけし自らの成長に役立てているほうが組織、人相互に高い幸福感を得られるのではないでしょうか。
春に備えて
